Leica M10-P “Reporter”
街を歩いていると、ほぼ毎日のように見かける。
傘だ。
雨が降っていない日にさしているのだから日傘なのだろうけれど、以前は、こんな季節に日傘をさしている人をこれほど頻繁に見かけることはなかったように思う。
気候変動により日本特有の四季が崩れ去り、いつまでも暑い日が続くせいだろう。
こうなってくると“季節感”などという言葉まで、使い方から使うタイミングまで全てがおかしなことになってくるような気がする。
言葉に限って言えば、いわゆる“季語”と言われるもので表現できていたはずのものが、季節自体がおかしなことになっているせいで、本来の意味をなさなくなる。
これと同じようなことが写真でも起こりうるだろう。
年がら年中、日傘をさす人々が街中に溢れ、これまでならその日傘が写っていることで表現できた季節感が失われ、写真を見ただけではどの季節なのかすらわからなくなる。
「季節外れの…」などというタイトルの作品を目にすることがあるが、これからはこの“季節外れ”という言葉も使うことが難しくなってくるような気がする。
いや、もうすでに難しくなっているのかな…。