Leica M10-P “Reporter”
部屋の向かいにあるマンションの最上階に近い部分だけが、夕陽に染まりオレンジ色の怪しげな光を放っていた。
そのほかの部分は自分が住む建物の影で覆い尽くされている。
夜が近い。
そう思い、進めていた作業を中断して出かけることにした。
目的地はすぐ裏手にあるセレクトショップ。
最寄駅に向かうための経路で、地下鉄を利用する時には必ず通る道にあるので、存在は知っていた。
ショーウィンドウにディスプレイされた数百万円の値札がつくレザージャケットを見るたびに、残念ながら自分にはご縁のない店だと思っていた。
今回、ひょんなことからこの店に足を踏み入れることになった。
写真家ハービー・山口氏のオリジナルプリントの受注会が開催される。
前夜、氏のTwitterで告知されていたリンクを踏んでみると、詳細が記されていた。
そこで場所を確認して驚いた。
まさに、自分が住む地域で、さらに丁目まで一緒。
地図で確かめると、本当にすぐ裏手にある、その店であることがわかった。
そうして、初めてその店のドアをくぐることになった。
店の前に到着し、ドアを手前に引いて開けようとすると開かない。
そうか、押せばいいのかと思い、押してみてもびくともしない。
もしかして鍵かかってる?
そう思いドアの前に立ち尽くしていると、突然、ドアは横向きにスライドしながら開いていった。
ドアの店内側すぐ横のスツールに腰掛けていた人物が、スライド式のドアを開けてくれたようだ。
引き戸だった。
そんなことにも気づかなかったことに気恥ずかしさを覚えながら、足を一歩踏み出したところで驚いた。
スツールに腰掛けていた人物、今まさにドアを開けてくれた人物、その人こそがハービー・山口氏ご本人だった。
「あっ、どうも、こんにちは」と、なんとも間抜けなあいさつが思わず口をついて出てきた。
そんな自分に、氏は優しく「その鞄から出ているストラップは、僕のと同じだね。もしかして、その中にはライカが入っているのかな」と声をかけてくださった。
横に立っていた男性が、氏の言葉に同調するようにストラップの名前を口にする。
氏がさりげなく紹介してくれたその男性は、ライカジャパンの社員さんだった。
そして自分もカバンの中に忍ばせていたLeica M10-P “Reporter”を氏に差し出す。
限定版であるカメラもだが、装着していたレンズにも興味を示された。
こうして大写真家であるハービー・山口氏を中心にライカ談義に花が咲く。
ライカとともに世界が広がってゆく。
まさに「ライカが繋いでくれた縁」、「ライカが広げてくれた世界」だ。
夢のようなしあわせな時間が流れていった。
もちろん、用意されていた氏のオリジナルプリントの数々も素晴らしかった。
そして、何よりも素晴らしいと思ったのが、今回のオリジナルプリントも全てご本人が自宅の暗室でプリントされているということだ。
氏にとっては当たり前のことのようだが、こうした当たり前のことが、なかなかできない環境になりつつある写真界。
そんな中、今でも自宅に暗室を構え、こうして自身が撮影した作品を最終工程まで自身の手で仕上げていく。
こうした姿勢は、写真家を名乗り、フィルムカメラを使うものなら見習うべきだろう。
ちなみに引き伸ばし機はライツのものだと、ご本人が教えてくれた。
さらに今回用意された写真を撮影した時の状況から、使ったカメラとレンズ、そしてプリントに使用した印画紙までも、すべてご本人の口から説明していただくことができた。
結果的に、その中から一点を購入することにした。
写真を選びながらとはいえ、気づけば2時間以上を氏とともに過ごさせていただいた。
本当に夢のような時間。
あらためていうが、まさに「ライカが繋いでくれた縁」、「ライカが広げてくれた世界」だ。
だからライカはやめられない…。