Leica M10-P “Reporter”
そこに必ず意味があるわけではないだろう。
どうしても意味を見出す必要もないと思う。
近所を歩いていると、ほぼ毎日、同じような景色の繰り返しばかりで、あまり大きな変化というものに出くわすことは少ない。
それでも、毎日同じコースを淡々と歩き続けることで、前日までは気づかなかった事柄に出くわすこともある。
この自転車がそうだ。
あるビルの玄関前、大きく丸い銀色の柱の向こう側に、ひっそりと隠すように停められた自転車。
自分が気づかなかっただけで、きっとこれまでも同じ場所に同じような格好で停められていたのだろう。
なぜ玄関のすぐ前、人の出入りもあると思われる場所に停めているのか。
どういう意味があって、そんなことをしているのか。
意味を考えたところで、他人がやることだから、そのすべての意味を理解することは不可能だ。
その人にはその人なりの意味があるけれど、だからと言ってその意味を他人が同じように見出すことなど出来はしない。
どうってことのない日常の、これまたどうってことのない小さな景色。
ただ、そんな景色も自分自身の見方で、いつもとは違ったものに見えてくる。
自分自身がいつもとは違う思考で臨めば、それもまた違う見方が広がる。
どこかにいかなければ写真が撮れない、というような意見を耳にすることがある。
決してそんなことは、ないだろう。
みんな、わかっているはずだ。
そうやって、なにかの意味を探しに行こうとしているだけなのだ、ということを…。